百人一首 19.難波潟
19 難波潟 短き芦の ふしの間も
逢はでこの世を 過ぐしてよとや (伊勢)
なにわがた みじかきあしの ふしのまも
あわでこのよを すぐしてよとや (いせ)
難波潟の芦の節と節のあいだくらい、すっごい短い時間すら会ってくれないのね。あたしはちょっとでもあなたに会いたかったのに、そのまま生きて行けよって? よくもそんな冷たいセリフが言えたものね。
〈作者の談〉
あたしの彼、お仕えしてる中宮さまのお兄さんだったんだけど、やっぱり身分が違うとうまくいかないもんね。彼が出世したら、ポイ、よ。このあたしが! で、落ち込んでたら彼の兄弟が慰めてくれたの。あたし狙いってことは感づいてたけど、失恋したあとだったし、まぁいっかって付き合い始めたのね。だけど良くも悪くも兄弟だったわ…。もういいやって仕事もやめて、田舎暮らしを始めたのね。ひとり静かに人生を送ろうかと思って。自分で言うのもなんだけど、放っておいてくれない男性も、いたにはいたのよ。あのときはほんと放っておいて欲しかったわ。あれ、誰だったかしらね。手紙もらったんだけどスルーしてたら、返事の催促なんかしてくるの。見たっていうお返事だけでもください~って。だから『見た』って返してやったわ。友達とかドン引きしてたけど、あたし何か間違ってる? それからしばらくして、中宮さまから帰れコールが来ちゃったのね。さすがにこれは無視できないでしょ? 渋々復帰したら、何でだか帝の目に留まっちゃったのよね。もう舞い上がっちゃって、人生絶好調! あたし、とうとうやったわ! なんて浮かれてたわよ。だって子供まで産んだのよ。男の子。そりゃあもう、可愛いったらありゃしなかったわ。あとは頭が良ければ言うことなしだったんだけど、体のほうが丈夫じゃなかったのよね。まだ小さいうちに亡くなっちゃったの。さすがに堪えたわ。ショックで何にも手につかなくって、そんなときに慰めてくれたのが四番目の皇子。人生どん底の時に支えてくれる人ってちゃんといるものね。彼とはその後いい関係になって、娘が産まれるの。この子は健康な子で立派におおきくなったのよ。しかも歌のセンス抜群にいいの! あたしによく似た頭のいい子なのよ~。自分で言うのもなんだけど、あたし、歌に関しては結構自信あるのよね。恋の歌で割と名前が知られてるの。この歌もそう。あたしを振った薄情な男にちょっとキレちゃって勢いで歌ったんだけど、もっと色っぽい歌を選んで欲しかったわぁ。何か怖い人みたいじゃない。
百人一首 18.住の江の
18 住の江の 岸による波 よるさへや
すみのえの きしによるなみ よるさえや
ゆめのかよいじ ひとめよくらむ (ふじわらのとしゆきあそん)
住の江の岸に波が寄せてきたり帰って行ったりって、行ったり来たりの恋みたいよね。あ、よる、と言えば『夜』のことなんだけど、あの人ね、ちょーっと人目を気にしすぎなのよねー。だって夜よ? しかもあたしの夢の中。会いにも出て来てくれないってどういうことよ?
〈作者の談〉
私の実体験じゃありませんよ。歌会でたまたま詠んだ歌です。人によっては女性目線でこんな意味にとったり、男性目線で、「あの子に会いに行けないよー」と小心者の気持ちになってみたりと、まぁ、どちらでもいける歌です。今回は女性側の心境ですね。
私たちの時代は、自分に好意を持ってる人は夢の中で会いに来てくれるなんて、ロマンチックな考え方が当然のようにありましてね、夢に出てこないってことは薄情者と思われかねなかったのですよ。そんな勝手な話があるか! って、あるんですねぇ。私も何度か怒られました。うちの奥さん、意外と強…ごにょごにょ。
あ、うちの強い可愛い奥さん、あの業平の奥さんと姉妹でしてね、プレイボーイと言わしめるあの業平とうまく夫婦やってる人の妹ですから、そりゃ強い心の広い人なんですよ。まぁ、私も結構人気があるなんて自分で言っちゃいますが、それよりも書道家で通ってます。業平ほど遊び歩いてるわけじゃないのに、写経をするときの素行が悪かったとかで地獄に落ちた、なんてひどい書かれ方したお話があるそうなんですよ。ひどすぎません? 『宇治拾遺物語』と『今昔物語集』にあるそうです。読んだことないけど。
業平はいいですよねー。いつでも恋は真剣です、とかってアホなこと言っても許されてて。会うたびに違う彼女の話してましたけど、ああいうのが地獄に落ちるべきだと思うんですよ。あ、本命さんの話してました? いつも言うんですよ。名前は毎回違いましたけどね。あの平和な顔見てたら腹が立ってきますよ、ほんと。
百人一首 17.ちはやぶる
17 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川
ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ
からくれないに みずくくるとは (ありわらのなりひらあそん)
神話でもこんなすごい話は聞いたことないよ。龍田川が紅葉で水をくくり染めにするなんて。あー、もう、サイコーにきれいだよ。
〈作者の談〉
龍田川は紅葉の名所でね、真っ赤な紅葉で川が染まってるのが、そりゃあもうきれいなんだよ。川がくくり染めしてるみたいだねって、ロマンチックに詠ってみました。あ、『くくり染め』って『しぼり染め』のことね。
ネタ晴らししちゃうと、実は実際に川なんて見てないんだよね。これ、高子(たかいこ)さんとこの紅葉の屏風絵だったんだ。さらにさらにネタ晴らししちゃうと、屏風絵なんてどうでもよくて、ホントは高子さんの美しさを絶賛したうたなんだ。高子さんってほんとにきれいな人でさ、僕の一番大好きな人。好きで好きでたまらなくって、あるとき思いあまって二人で駆け落ちしたんだよ。あの一瞬は夢みたいで浮かれてたなぁ。まぁ、すぐに見つかって連れ戻されちゃったんだけどね。高子さんっていいとこのお嬢さんで、天皇の嫁候補だったもんだから仕方ないよね。
そんなんで僕もなかなか出世できないでいたんだけど、クビにならなくてよかったよ。人のものになっても高子さんとは会って話もできるしさ。むしろ会えないほうが未練ないでしょって言う人がいるけど、僕は大好きな人とは離れたくないな。ちょっとでもそばにいたいと思うけど、変? そう言うとさ、プレイボーイは違うねぇ、とかって言われるんだけど、それとこれとは違うと思う。だいたい、妙な噂立ってるけど、みんな友達だからね? 恋人が三千人いたとか、幼女からおばあちゃんまでストライクゾーンが広いとか、そんな無茶苦茶な話、逆に僕が笑っちゃったよ。うん、まぁいいんじゃない? 面白いから。
でもこれだけは言わせて。
本命は高子さんです!
百人一首 16.立ち別れ
16 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる
たちわかれ いなばのやまの みねにおうる
まつとしきかば いまかえりこん
(ちゅうなごんゆきひら/ありわらのゆきひら)
じゃあ、行ってくるね。待っててね。因幡の山にも松が生えてるっていうけど、キミも僕を待っててくれるかなぁ? そんな噂聞いたらすぐにでも帰ってくるからね。
〈作者の談〉
因幡に転勤なんてさみしいよね。ちょっとやそっとじゃ彼女に会えないし。『待つ』と『松』をかけて、彼女に「待っててね!」ってアピールしてるんだ。『因幡』と行っちゃうよって意味の『往なば』もかけてみて、未練たっぷりな感じも出してみた。あー、行きたくないよー。悲しい宮仕えの身だからさ、転勤したくないなんて言えないよね。
彼女と別れてひとりさみしく因幡に行って頑張ったよ。頑張ったのにさ、都に戻ったとたん須磨に追いやられてさ、何かもう踏んだり蹴ったりだよね。それをさ、あの紫式部さんがちらっと物語のネタにしたんだよね。主人公が須磨でさみしく暮らしましたってとこ。まぁ、僕はちょっと色っぽい話も持ってるんだけどね。あ、彼女は全然待っててくれませんでしたー!
僕は弟と違ってこういう話はあんまりないんだよね。弟って、女好きの業平(なりひら)。母親が違うんだけど、何でアイツばっかりモテるんだろう?
百人一首 15.君がため
15 君がため 春の野に出でて 若菜つむ
わが衣手に 雪は降りつつ (光孝天皇)
きみがため はるののにいでて わかなつむ
わがころもでに ゆきはふりつつ (こうこうてんのう)
大好きなあなたにあげようと思って、まだ雪の残る野原に来て春の七草摘んでます。ほら、また雪が降ってきた。袖が濡れて冷たいけど、まだまだ頑張ります。
〈作者の談〉
僕ね、ホントは自分で何でもやっちゃう人なんだよね。天皇になるまでが長かったんだけど、そのあいだ、わりと庶民的な生活してたんだ。掃除洗濯ご飯支度。だから野原で野草摘むのもお手の物なんだけどさ、さすがに周りの人に止められたね。地べたにはいつくばるのは天皇がすることじゃないんだって。面倒くさいね。最初は人が取ってるのを見てたんだけど、何かやきもきしてきて飛び出しちゃったよ。しょうがないな、って顔で見られてたのは気付かないフリしておいた。夢中になって取ってたらいつの間にか雪が降りだしてたんだけど、ほら、気分が乗っちゃって止められなくなるときってあるでしょ? 散々注意されてようやく手を止めたら全身びしょびしょになってて、やっぱり怒られたよ。天皇なのに注意されるとか怒られるとか、どうなんだろうね。まぁ、おかげでどっさり七草が取れたから、さておかゆにしようかな、って思ったら最高に怒られたね。さすがに調理はさせてもらえなかった。僕、結構料理上手なんだけどな。
百人一首 14.みちのくの
14 みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆゑに
みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに
みだれそめにし われならなくに
(かわらのさだいじん/みなもとのとおる)
みちのくに「しのぶもじずり」っていう乱れ模様の布があるんだけど、あの模様みたいに俺の気持ちももうぐっちゃぐちゃ。なんでだと思う? 俺のせいじゃなくて、だ・れ・か・さ・んのせいなんだよねぇ。
〈作者の談〉
天皇の子供で臣籍になって、源氏を名乗る・・・ってどこかで聞いた話だと思わない? そう! 俺ってあの光源氏のモデルの一人なんだよね! つーか、まんま俺、みたいな? 自分で言うのもなんだけど色男で通ってるし。天皇の子供だから結構お金持ちだし。贅沢にお屋敷に海の水を運ばせてさ、汐汲っていう、風流なことして話題になったよ。みちのくあたりで海の水を焼いて塩を作るんだって。それ聞いたらやってみたくなったんだよね。そういう贅沢すぎる遊びなんていくらでもやったね。
みちのくって実際行ったことはないんだけどさ、歌の中に取り入れるってのも風流のひとつなんだよね。「しのぶもじずり」もよく知らないけど、まぁ、そういう織物があるんだって。だから「乱れ」「染め」なんて縁語を入れてみたりね。でもって、お前のことばっかり考えちゃって何にも手につかないぜ、みたいな感じで気になってるあの子に送ってみたんだけど、伝わってくれたかなー?
百人一首 13.筑波嶺の
13 筑波嶺の 峰より落つる みなの川
つくばねの みねよりおつる みなのかわ
こいぞつもりて ふちとなりぬる (ようぜいいん/ようぜいてんのう)
筑波山から流れてくるあの『みなの川』がさ、下流に行けば行くほど水の量が増えていって、一番深いところで淵になるだろ? それとおんなじで、オレがお前を好きだって気持ちも昨日より今日って、しまいにはお前のことばっかり考えてんだよ。
〈作者の談〉
筑波山ってのはむかし「歌垣」って行事があった場所らしいぜ。なんでも、男女が集まってどんちゃん騒ぎするんだとか。その中で男が女に歌を送って、女がそれに返せなかったら一晩の相手になるんだって。すっげーうらやましくない? あ、いや、ウソ。オレは一途な男だから。ここの頂上は二つにわかれてて、それが男と女に見立てられてんだ。ってことで筑波山は男女の恋愛をイメージする「歌枕」によく使われてんだ。その山から流れてくる川が「みなの川」。「みな」は「男女」とも書く川で、下流で水が多くたまってるところが「淵」。そこんとこうまく使って、みなの川の淵と、好きな女への気持ちが募っていくぜ、っていうのを掛け合わせてあるわけ。なかなか直接的で素直な歌だろ?
この歌の相手、実はオレの嫁。オレって暴れ犬みたいな言われ方してるけど、ホント、恋には一途なのよ。だいたいオレの悪い噂流してるの、叔父の藤原基経(ふじわらのもとつね)なんだよ。9歳で即位して17歳で譲位。その後に即位したのが叔父さんイチオシの光孝天皇(こうこうてんのう)だぜ? なーんか策略感じちゃうだろ? でもまぁ、火のないところに煙は立たないっていうし? どれがウソでどこまで本当かは・・・フフフ。
ちなみにオレの嫁、光孝天皇の娘なんだよね。こいつと一緒になれるなら別に地位に未練はないな。だからオレ、一途な男なんだって。