和歌のあそび訳

マイブームの『百人一首』をいまどきな感じで訳してみました。 〈作者の談〉は歌の作者のコメント的な、解説を含んだフィクションです。 人格設定は妄想。

百人一首 12.天つ風

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12 天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ
   をとめの姿 しばしとどめむ (僧正遍照

  あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ
   おとめのすがた しばしとどめん (そうじょうへんじょう)

 

空に吹く風さん、雲の中にある天女の通り道をふさいでくれないかな。ここで舞ってる素敵な乙女たちが天に帰ってしまうなんてさみしすぎる。もう少しこの美しい姿を見ていたいんだよ。

 

〈作者の談〉
 これは僕がまだお役所勤めをしているころの話なんだけど、11月に「豊明節会(とよあかりのせちえ)」って行事が宮中であって、そのときに貴族の娘さんたちが5人で舞を披露する演目があるんだ。「五節の舞姫」なんて呼ばれてるんだけど、その娘さんたちが天女と見間違うくらいきれいで素敵で、僕たち若者には楽しみのひとつ・・というか、もうこれだけが楽しみってくらいワクワクソワソワしちゃうんだよ。いざ始まるとみんなぽーっとして魂抜けちゃってる顔してるの。まぁ、僕もそうなんだけど。彼女たちに見とれてうちにあっというまに終わっちゃうんだよね。何であんなにすぐ終わっちゃうんだろう? 
 舞が終わると天女は雲の中を通って帰って行くって言われてるんだ。だから天女みたいにきれいなあの子たちをもっと見ていたいっていう願望をそのまま詠ってみたんだ。きれいなものって誰だって好きでしょ? 美人さんならずっと眺めていたいし。いや、ただの願望だから。僕、彼女いるし。小野小町さんってきれいな人。
 え、彼女の本命さんが亡くなった? 僕、ピンピンしてるけど。あ、あれかな。突然出家しちゃったから、彼女キレたのかも。そりゃそうだよねぇ。美男美女カップルなんて言われてたのに、彼女捨てて出家とか、怒るのも無理ないよね。彼女、美人だけど気が強くてね。そんなとこも魅力なんだけど、何だかね、いろんなことに興味関心がなくなっちゃって。任明天皇に目をかけていただいてたんだけど、亡くなってしまったときに僕の気持ちもポッキリ折れちゃってね。それで小町さんを置いて出家しちゃったってわけ。僕は僕で自分の道を歩いてるからいいけど、彼女には悪いことしちゃったな。

 

百人一首 11.わたの原

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11 わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと
   人には告げよ あまの釣舟 (参議篁/小野篁

  わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと
   ひとにはつげよ あまのつりぶね (さんぎたかむら/おののたかむら)

 

メッチャ広い海の、メッチャたくさんある島に向かって、いざ出発! ・・・って感じで旅立ったって、都にいる恋人に伝えてくれないかな、そこの漁師さん。

 

〈作者の談〉
 オレ、このとき島流しにあってたんだよね。前途洋々に旅立ったみたいに言ってるけど、ホントはむっちゃ辛かったんだよ。
 っていうのもさ、思い出したらすっげー腹立つんだけど! オレ、遣唐使に選ばれてて、で、準備中に役人の藤原常嗣(ふじわらのつねつぐ)とケンカになったんだ。だってアイツ、オレに沈みそうなボロ船よこしたんだぜ! ふざけんなって話。だから乗船拒否してやったわ。ついでに政治の批判までしちゃったもんだから、嵯峨上皇にブチ切れられて流罪。いらんことしなきゃよかったーって後悔しても遅すぎだよね。
 何かオレ、ちょいちょいよけいなこと言っちゃうんだよね。思ったまま口に出しちゃうっての? 自分に正直なだけだと思うんだけどね。周りは変わりモンとか思ってて「野狂」とか変なあだ名付けやがったんだぜ。ムカつく。
 でもまぁ、そんなオレでも漢詩のセンスは抜群だからさ、二年もおとなしくしてたら都に帰してもらえたんだよね。やっぱオレがいないと始まらないんじゃない? はっはっは!

 

百人一首 10.これやこの

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10 これやこの 行くも帰るも 別れては
   知るも知らぬも 逢坂の関 (蝉丸)

  これやこの いくもかえるも わかれては
   しるもしらぬも おうさかのせき (せみまる)

 

おおっ! これかぁ! 地方へ行く人もいれば都に帰る人もいる。ここで見送ったり出迎えたりするんだね。知らん顔で通り過ぎる人もいるし、顔見知りに会う人もいるよ。ここがあの有名な逢坂の関なのかぁ。

 

〈作者の談〉
 都の出入りをする関所のひとつが逢坂の関っていって、結構人でにぎわってるんだよね。僕のうち、この近くにあるんだ。ヒマな時はよく人間ウォッチしてるんだけど、別に怪しい人じゃないよ。こう見えてわりと有名な琵琶の弾き手なんだよね。源博雅(みなもとのひろまさ)さんっていう音楽の得意な貴族に教えたりもしたんだよ。すごいでしょ。
 まぁ、そういうわけで何となく音楽のリズムに乗って詠んでみたんだけど、なかなか面白いと思わない? 行く⇔帰る、しる⇔しらぬ、別れる⇔逢う、って対の言葉を使ってみたり、『も』を繰り返してみたり、歌としては単純だけどノリがいいと思うんだよね。まぁ、たいして意味はないんだけど、世間様はこの歌に仏教でいうところの無常観を感じたらしいんだよ。『会者定離(えしゃじょうり)』って言うんだって。命があれば必ず死があり、出会いがあれば必ず別れがあるってことなんだって。軽い気持ちで詠んだ歌が何だかふかーい意味を持っちゃった、って僕が驚いてるよ。

 

百人一首 9.花の色は

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9 花の色は うつりにけりな いたづらに
    わが身世にふる ながめせし間に (小野小町

  はなのいろは うつりにけりな いたずらに
   わがみよにふる ながめせしまに (おののこまち)

 

あーあ。あんなにきれいだった桜の花も、雨続きで台無しになっちゃったわ。あたしもちやほやされていい気になってたら、いつのまにか枯れたおばちゃんよ。はぁ・・・。

  

〈作者の談〉
 若いってだけでいろいろとお得よね。歳なんか関係ないって思っちゃいるけど、そりゃああたしだって渋いおじ様よりはぴっちぴちのイケメンのほうが好きだし。
 あたしも昔はぴっちぴちのお嬢さんだったのよ。美人だ、きれいだ、素敵だ、なんて誰からも言われたりしてね。鼻も高くなるってもんよ。もったいぶって誰にもなびかないで、思わせぶりな態度をとってたらいつの間にかきれいどころが代変わりしちゃってたわ。聞いたこともない家の頭の悪そうな女がもてはやされてるの。ないわー。ちらっと見たけどたいして可愛くもないし頭も悪そうだし、何がそんなにいいわけ? 若さ? 若さなの? そんなのすぐに消えてなくなるのよ。あたしを見てごらんなさい。残ってるのは過去の栄光だけよ。
 みんながもてはやすあの桜の花だって、『長雨』が『降る』から見劣りしちゃったの。花のようにもてはやされたあたしも『眺め』がきれいだったのに、年月が『経る』につれてだんだんと見向きもされなくなってきたわ。世の中の男性って現金なものよね。
 あーあ。真剣に告白してくれたあの人とお付き合いすればよかった。すんごくいい人だったのに、調子に乗って振り回してたら、不慮の事故で亡くなっちゃったの。自分の馬鹿さ加減にほんと愛想が尽きたわ。そんなんだからバチが当たったのね、きっと。

 

百人一首 8.わが庵は

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8 わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
    世をうぢ山と 人はいふなり (喜撰法師

  わがいおは みやこのたつみ しかぞすむ
    よをうじやまと ひとはいうなり (きせんほうし)

 

わたしの庵は都から東南方向に離れているのですが、こんなにも自由気ままにシングルライフを楽しんでいるというのに、世間の人は「あいつ、山ん中に引っ込んで、ぼっちでさみしく暮らししてるんだぜ」とか言ってるらしいんですよ。まったく、余計なお世話だってんですよねぇ。

  

〈作者の談〉
 別に都の暮らしが嫌になって山奥に引っ込んだんじゃないんですよ。たまたまいい物件があって「これだ!」ってピンときたんです。それが都から東南方向にある『宇治山』。東南だから『たつみ』って、わかりました? ピンとこなかった方にヒント。十二支のネズミを時刻の十二時に当てはめて順番にたどってみましょう。ヒントその2。それを方角に直すと・・・。ヒントじゃなくてほぼ答えですね。なぞなぞはともかく、『鹿が住んでそうな』山奥、とかけて、『こんな風に住んでます』なんて意味を持たせるテクニックも使ってみました。こっちのほうが高度かな。
 まぁ生活は不便ではありますけど、何から何まで自由な生活と比べたら特に問題はなかったですね。考えてもみてくださいよ。いつ、何をするのも気分次第。掃除しなくたって怒られないし、ご飯がまずくても文句も言われない。あぁ、なんてフリーダム。遅く寝て遅く起きても罪悪感なし。そして時間感覚もなし。その代わり自分が動かないと何も動きませんよ。だから誰にでもお勧めはしませんけどね。
 とかく他人のことは気になるもので、都から消えた私のことをうわさにする人がちらほらいるらしいんですよ。なんでも、「世の中が嫌になった」んだそうですよ、わたし。へぇ。山の中に住むと世間から逃げたことになるらしいです。たとえそうだとしても、どうでもいいじゃないですか。ねぇ? そういうのって、半分以上やっかみなんですよ。私が自由に生きているのがうらやましくって仕方ないんでしょうね。勝手に言ってればいいんですよ。ひがんでるだけの知らない人なんかどうでもいいです。だってわたし、メッチャ楽しいんですもーん。
 『宇治山』の『うじ』とつらいとか嫌だなとかの『憂し』の掛詞、私と世間の人のギャップです。なかなかうまいと思いません?

 

 

百人一首 7.天の原

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7 天の原 ふりさけ見れば 春日なる
   三笠の山に 出でし月かも (阿倍仲麻呂

  あまのはら ふりさけみれば かすがなる
   みかさのやまに いでしつきかも (あべのなかまろ)

 

この広い広い空に見えるあの月。昔、春日大社にお参りに行ったとき、三笠山の上にも出てたのを思い出すよ。あのときの月とそっくりだなぁ。

 

〈作者の談〉
 月を見てると、何だか感傷的な気持ちになるよね。そういう気分だから月を見てるのかもしれないけど。とか言ってかっこいい自分に酔ってみる。
 いやでも、ほんとに泣きそうなくらいうれしい気持ちとさみしい気持ちと、あとはちょっと心配とか不安とか、いろんな気持ちがごちゃ混ぜなんだよ。だって、ついに、ついに! 故郷に帰れるから! 35年も唐の国にいて、散々「帰る帰る」って騒いでたからね。帰る詐欺みたいな感じだったし。まぁ、オレほど優秀な男を手放したくないっていう、唐の皇帝の気持ちもわからないではないけど。外国人でここまで使える人材って俺くらい? じゃないのかなー、きっと。だからようやっと帰ることが決まったとき、同僚のみんなが盛大に送別会開いてくれたんだよ。そのときに出てた月が、むかーし奈良の春日大社で見た月とリンクしちゃって。遣唐使は出発前に春日大社で安全祈願するんだよね。はるか昔のことだったけど、帰国が決まってからは故郷のあれこれが思い出されちゃてさ。もう気持ちは日本に飛んでたよ。唐で暮らした数十年もすんごく貴重だったけど、やっぱり故郷は特別だよね。日本に帰ったら唐の暮らしが懐かしく思い出されるのかなぁ、なんて考えたりもして。有名な詩人のあの李白さんは友達なんだけど、俺にお別れの詩なんて書いてくれたんだよ。唐の生活も悪くはなかったよ、うん。
 だけど結局船は難破しちゃってね。また唐に逆戻り。何度かチャレンジしたんだけどとうとう日本には帰れなかったよ……。

 

百人一首 6.かささぎの

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6 かささぎの 渡せる橋に おく霜の
   白きを見れば 夜ぞふけにける(中納言家持/大伴家持

  かささぎの わたせるはしに おくしもの
   しろきをみれば よるぞふけにける
            (ちゅうなごんやかもち/おおとものやかもち)

 

七夕の日にかささぎがずらーっとつながって天の川に橋ができるでしょ? その橋に霜が降りたのかもって感じに、真っ白な星がいっぱいですっごくきれい。ずーっと見取れてたらいつの間にか真夜中になってたよ。

 

〈作者の談〉
 天の川って見たことある? ほんと空に川が流れてるみたいに星がかたまってるの。天の川と言えば七夕、七夕と言えば織姫と彦星だよね。なんでも中国の故事では、二人が会うときにかささぎが羽を広げて橋になってくれるんだって。それで二人は一年に一度だけ会えるんだよ。切ないけどロマンチックぅ。天の川を見るたびにそんなことを考えてたら、つい時間が経っちゃってね。人がいないからいいけど、夜中にニヤニヤして空見上げてたら完全に不審者だよね。しかも見てたのが七夕の日じゃなくて冬だし。寒いし。震えながら見てたもんだから、天の川が凍ってんじゃないかって思えてきちゃったんだよね。そりゃあ、橋も霜で白くなるってもんだよ。
 でもちょっと待って。実はね、もうひとつ思ったことがあるんだ。かささぎが作った『橋』。これって宮中の階段を意味する『端』とかぶせてあるんだ。宮中の御殿は天上にも通じるし、これってまんま天の川にかかる橋とリンクしてるんだよ。夜中に御殿の階段が霜で白くなっててさ、もうそんな夜更けかぁ、って思ったってこと。二通りの意味を持たせるなんて、さすが僕だよね。
 あ、夜中に宮中を徘徊してたわけじゃないよ? ちゃんと仕事だから。